2007年11月21日水曜日

「福沢諭吉全集」 と 平山洋 (1)

「福沢諭吉全集」21巻(岩波書店刊)のうち、9巻を占める「時事新報論集」は、「全体として研究の対象とされたことは、これまでまれであった」(平山 洋「福沢諭吉の真実」2002年 文芸春秋刊)

「その理由は、・・・『時事新報』論説」の諸編には、「福沢の思想を無為にしかねない侵略賛美の論説」があり、「読むに値しないものとされた」からであり、「1500編以上という膨大な数」のためである(同).

同書で平山は以下の主張をしている.

① 多くの「識者」と国民は、「福沢諭吉全集」の「侵略賛美の論説」(同)はあまり研究せず、「侵略賛美でない論説」を多く読み、研究していたので、諭吉は「市民的自由主義者」(同)とみなされてきたが、「左翼思想家」(同)は「もっぱら」(同)「侵略賛美の論説」を研究して、諭吉を批判してきた.

② ところが、平山の研究によれば、「侵略賛美・時局迎合」の傾向をもっていた弟子の石河幹明が「自分で執筆した論説を大量に、『福沢全集』の『時事論集』に採録し、それをもとに『福沢諭吉伝』第3巻を著したのであった」(同).したがって、諭吉に対する否定的な批判は、石河幹明に向けられるべきである.

③ 石川の思想であり、福沢の思想ではない論説がほとんどである全集の「『時事新報論集』は、改定されなければならない」(同)

以上の平山の主張が正しいとすれば、「『福沢諭吉全集(全21巻)』は、結果として『福沢の思想』と『石河の思想』の2つの部分から編纂されてしまったので、諭吉の思想を正しく伝えるためには、全集を再編纂しなければならない」ことになり、事実平山はそう主張している.

(「福沢諭吉全集」 と 平山洋 (2)へつづく)

朝青龍 と 福沢諭吉

横綱朝青龍の再来日について、ビザ手続きが遅れ、来日予定が遅れました.
一部に「朝青龍側の責任だ」「クビだ」などという論評がおこなわれています.

朝青龍のビザの種類は「興行」です.
この場合、条件として「外国人の興行に係る業務について通算して3年以上の経験を有する経営者又は管理者がいること」があります.大相撲の興行は、日本相撲協会が主催しているのですから、外国人力士に対する援助・管理は相撲協会側の責任でもあります.開幕中に外国人力士の在留期間が過ぎたとすれば、それは力士だけの責任ですますことができるでしょうか?

朝青龍の場合のように、日本の習慣がよく説明されていなかったことで、本人の行動が気に食わないとか、今回のビザの問題のように相撲協会側の責任を棚上げにして、外国人にだけ責任を負わせる習慣は、福沢諭吉の時代からあります.

福沢諭吉は、日本の台湾・朝鮮の植民地化、中国への侵略戦争の遂行にあたり、相手が「野蛮」だから「文明」である日本は武力によっても、これらの地域を「文明化」することが必要だという宣伝を著作なり時事新報なりを通じておこないました.

これらの考え方は、日本がまだ「島国」であり、国際社会での立場をよく理解していないことを示しています.