2008年2月28日木曜日

月明かりに、わずかに白い梅の花が浮かぶ

満開のそのあたりは、雪が積もったよりかは、さすがにほの暗い


2,3週間前、2輪、3輪が咲き始めた

10日ほど前、3分の1ほどの枝に花がついた


やがて、朝の暗い水のおもてにも、白い花が映るようになる

紅い梅も花が咲き始めた



すでに、春だ

杉の花粉も、飛びはじめたようだ


内閣の不支持率も、支持率を上回るようになった


梅の花の下を通ると思い出す...こち吹かば・・・


東風(こち)吹かば、にほいおこせよ梅の花

あるじなしとて春をわするな


菅原道真は、天皇の信任を受け政治の中心で活躍していたが、

貴族の反発で、901年に大宰府に左遷された.都を去るときにこの歌を詠んだ





庭の2本の梅ノ木.白梅と紅梅.

紅梅の方が、後から植えられて、後から咲く



親父が植えたものだ

庭ともども、息子が受け継いだ



最初は、白梅1本だったのを、紅い梅もほしいと

世田谷のボロ市で買ったらしい



親父は、戦後ドイツからライカ(カメラ)を2つ持って帰ってきた

1つを売って、豪徳寺に家を買った. そこを売って松原に土地を買った





小学校の最後の1年は、豪徳寺から世田谷小学校にかよった

アルミのおわんで、脱脂粉乳のミルク1杯の給食が始まったころだ





冬の朝は、寒い

校舎の東側で並んで陽にあたり、けん玉をしたものだ



だれかが聞く

「先生、共産党って何ですか?」「・・・ びんぼーにんの味方なんだね」



「それじゃ、共産党って、いいんじゃない?!」

「そうだ」「そうだ」ということになった





親父は、ラジオでニュース解説をしていた

新聞記者だったのだ(政府の宣伝をしていた)



おそらく、会社の金でカメラを買ったのだ

スウェーデンから、大きなラジオも持ってきた(これは.部品がなく売れなかった)



アメリカでは、赤狩り(「共産主義者」の追放)がおこなわれていた

チャップリンもアメリカから追われた



アメリカの不況のとき、ミルクが大量に海に捨てられた(価格調整のためだ)

赤ん坊は、ミルクがなく、泣いている状況をチャップリンは批判したのだ



で、ニュース解説をする人に聞いてみた

「アメリカは、『自由の国だ』というのに、おかしいではないか?」



解説者は、こう解説した

「共産主義は、政府をテンプクしようとする.これを排除するのは当然だ」



これでは、なっとくできなかったが、なにしろ父親だ

それからは、何も聞くことをしなくなった



その親父も死んでしまった

孝行は、できなかった.そのかわり母親は大切にしよう





親父は、2つのものを残してくれた

1つは、土地と家だ(家は、一部はこちらが建てたのだが)



1つは、「人は、『メシを食べさせてくれる制度』を支持する」という考え方を

もつものだということだ.



これが正しいことは、後にマルクスとエンゲルスが教えてくれた

上部構造(人の意識や社会制度)は、下部構造(生産と分配の経済関係)が決定する





梅は、満開になっても

まだ夜は寒い



暖房は28度に設定する

空気が乾燥するので、フライパンに水を足しながら、何時間もガスにかけておく



何ヶ月もかけて、数字のデータを分析する

リアルタイムの数字を加工してエクセルで整理し、グラフで眺め ・・・



ときどき、いたずら書きをして

金魚のことを思い出す ・・・  今は、眠っているのだろう





(2008年2月27日)