2007年11月16日金曜日

あるとき、大阪から妙な女が来た

私が、十六、七(1851年か1852年)のときのことだと思う.

諭吉が「福翁自伝」で書いています.

大阪から妙な女が来たことがある.その女が「お稲荷様を使うことを知っている」という.

だれにも、御幣(ごへい.かつて、神に布(ぬの)を奉(たてまつ)る時には、木にはさんで備(そな)えていたが、それが変化したのが今日の御幣.Wikipedia)を持たして(「持たせて」ではない)おいて、何か祈るとその人に稲荷様がとっつくとか何とか言って、私のうちに来てホラを吹いている.

「ソリャ面白い.やってもらおう.オレがその御幣を持とう.持っている御幣が動き出すというのは面白い.サア持たして(「持たせて」ではない)くれろ」というと、その女はつくづく私を見ていて「坊さまはイケマヘン」というから、私は承知しない.「今だれにでもといったではないか.サアやって見せろ(「見しろ」ではない)」とひどくその女を弱らして(「弱らせて」ではない)面白かったことがある.

その女性は、2007年の現在でもテレビで「占い」を売り物にしているそうですが、それを10000円札の諭吉が見たら何というでしょう?

天皇は、諭吉の論文で教育されていた

1946、戦後まもなくのことです.
現在(2007年)の天皇が皇太子であったとき、小泉信三という人が皇太子の教育係りとなりました.

この人は、父親が第二代慶應義塾々長(1887年~1890年)で、自身も1933年から1947年まで慶應義塾の塾長でした.慶応義塾は、福沢諭吉が創設したのですから、福沢諭吉とも関係の深い人でした.小泉信三は、慶応義塾編・岩波書店発行の「福沢諭吉全集」全21巻および別巻の監修者でもありました.

この人の著書に「ジョオジ五世伝と帝室論」という本があります.この本の書き出しに「ご一緒に読んだ本のことといえば、福沢の「帝室論」と露伴の「運命」とは、殿下と私とで、かわるがわる音読した」とあります.

その「帝室論」には、天皇の役割として「バカな国民をだますための一つの手段」という考えが紹介されています.諭吉はその「手段」を有効に利用するためには、その正体をはっきりさせては「だまし」にはならないということから、「それは、政治の経験の少ない若造のいうことだ」といって、経験のある人はそのようなことを口には出さないことを強調しています.

諭吉は、同時に「『天皇』は『人は平等』という原則とは矛盾する」ことも口には出していません.

諭吉は、国民が「天皇陛下バンザイ」といって、財産のあとに命まで提供するという態度を「美しい」として教育・宣伝したのでした.その結果、日本の日清・日露・対中侵略戦争は太平洋戦争にまで進んでしまったのです.しかし、この過程で諭吉は「時事新報」の発行部数をのばし、大もうけをしたのです.

この「帝室論」を小泉信三はどのように皇太子に教えたのでしょうか?
それは、まさに諭吉が意図したとおりに、「(「天皇は、バカな国民をだます一つの手段」という考え方は)政治の経験の少ない若造がいうことである」といって片付けています.

諭吉の「天皇」や「宗教(ヤスクニ神社)」を利用して、国民をだまして戦争に引き込み、その一方で金もうけをする精神は、戦後も(2007年の現在も)ひきつづき勢力をたもっています.

しかし、その勢力は歴史のゴミ箱に向かって進んでいることを彼らは知っているのでしょうか?

諭吉が予言した美空ひばり

財産を提供した上で、天皇陛下バンザイといって命を提供する.それがお国のためだ.
福沢諭吉の富国強兵論です.

命を失っては、何も残らないのではない.ヤスクニ神社に祭られるのだ.
諭吉は、ヤスクニ神社の役割を理解していたと思われます.

「馬鹿と片輪に宗教、ちょうどよき取り合わせ」(1881年「宗教の説」福沢諭吉全集第20巻)といったのは、ヤスクニ神社ができたころでした.

上野の駅から 九段まで
杖をたよりに 一日がかり
せがれきたぞや 会いにきた

空をつくよな 大鳥居
こんな立派な おやしろに
母は泣けます うれしさに

美空ひばりが7歳のとき、父の入隊にあたって歌わされた歌です.
1901年に死んだ諭吉は、1943年に子供の美空ひばりがヤスクニ神社の宣伝の歌を歌うことを知っていたのでしょうか?

諭吉は、「天皇を選挙で決めよう」とは言わなかった

福沢諭吉は、「学問のすすめ」で、「『天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず』と言えり」といったので、「諭吉は、『人間は平等である』ことを主張し、教育した」と考えている人が多いようです.

しかし、諭吉は64歳になって「福翁自伝」で、子供のころから(故郷の)地方の人たちを軽蔑していたことを証言しています.大阪とは話し方が違うので「中津人は俗物であると思って」「目下にこれを見下して」いたとのことです.「まるで歯牙(しが)にもかけずに、いわば人を馬鹿にしていたようなものです」

そこで、親戚や近所の子供たちとも遊ばなかったので、「木にのぼること」もへたで、「泳ぐこと」もできなかったそうです.

また、母親が「下等社会の者に付き合うこと」や「えたでも乞食(こじき)でも近づけ」「軽蔑もしなければ忌(いや)がりもせず、言葉なども至極(しごく.とても)丁寧(ていねい)」だったことを、「変わっていた」と批判的にのべています.

「人の上に人をつくらない」のなら、「天皇は選挙で選ぶ」「天皇は、国民の間で順番制にする」「天皇は抽選で決める」といったのかと思えば、そうではなかったと考える人もいるかもしれません.

諭吉は、それよりももっとりこうだったのです.「天皇は、バカな国民をだますための一つの手段だ」という考えもある(1882年「帝室論」福沢諭吉全集第5巻)といって、「天皇と国のために財産と命を提供する」ことを教育・宣伝し、国民を朝鮮・台湾の植民地化、アジア侵略の戦争に追い込み、戦争の報道で自分の新聞「時事新報」の発行部数をのばし、大もうけをしたのです.

その亜流は、2007年の現在も最高額の10000円札に諭吉を肖像として掲げ、「憲法改正」「自衛隊海外派兵」などを叫んでいます.彼らもそれなりに「金をもうけている」のです.(それを支払っているのは、ミルク代から消費税を払っている赤ちゃんまでをも含む国民です)

福沢諭吉 と UFO

「外に敵を作ることが、内を治めることにつながる」との内容を福沢諭吉は主張しています.さらに、「外に敵を作ることが、『お金もうけ』につながる」ことも、実践しています.(いずれも、文献上の根拠を別途確認することが必要)

同じことを、アメリカの石油資本・軍事産業はブッシュを通じて実践しています.
その後を無批判について行くのが「アメリカのポチ」です.

2007年には、アフガニスタンやイラクの「敵」もアメリカ国民に対する説得力を失いはじめて、国民の過半数と民主党が戦争に反対するようになっています.

それでは、どこの「外」に「敵」を求めるのか?
それは、「宇宙」のようです.

次のようなニュースがありました.

米元州知事、本気で要請「ufo調べろ」
日刊スポーツ - 18時間前
米メディアは13日、米空軍の元パイロットらが米政府に対し、ufo(未確認飛行物体)の調査を再開するよう要請したと伝えた。米政府はこれまで「ufo=異星人説」を否定。公式調査は約40年前に終了し、その後行われていなかった。先月、民主党のクシニッチ大統領候補(61) ...
「ufoを調べて!」米政府に元空軍パイロットらがお願い サンケイスポーツ
2007/11/13-21:35 米政府にufo調査再開を要求=笑い事でないと元パイロットら 時事通信