2007年11月10日土曜日

神様にお願いしないと解決できないと考える(アメリカ)

ワシントンから記者が伝えています.

米ジョージア州:深刻な水不足…知事が雨ごい計画
米南部ジョージア州で深刻な水不足が続いており、州知事は宗教家を招いて雨ごいをする礼拝式の開催を計画していると地元紙が報じた.

知事は州議会議事堂に各宗教の指導者を招き、降雨のため祈りをささげる.
州広報担当者は「政府に雨を降らせることはできない.より高い存在に要請をする必要がある」と語ったという.ラジオ局は「神に祈るのが究極の解決策だ」との州知事の発言を報じている.
(毎日新聞 2007年11月9日)

福沢諭吉は、すでに1881年につぎのようにいっています.

「馬鹿(バカ)と片輪(カタワ)に宗教、丁度(ちょうど)よき取合せ」(「宗教の説」全集第20巻).

諭吉によれば、この州知事がバカなのか、それとも州知事が州民をバカにしているのか、どちらなのでしょう? いずれにしても、政治に宗教を持ち込むことは誤りです.

日本にも同じ問題があります.
諭吉が推進した「天皇と宗教を利用して、国民をだまして侵略戦争を進める方式」で、諭吉の新聞「時事新報」は発行部数を大幅に拡大し、諭吉は大もうけをしました.

しかし、その方式は、日本で300万人、アジアで2000万人、世界で数千万人以上の犠牲を出した第2次世界大戦へとつながって行きました. 

戦争の反省として、日本では「戦争をしない」「戦力をもたない」憲法がつくられました.
そしてその憲法のもとで「全力をあげて、国連の理想と目的の達成に貢献する」という宣誓をした後に日本は国連加盟を認められました(1956年)

憲法9条は、日本の国際公約であり、国連の理想と目的を達成する前に、憲法9条を変えることは許されません.サンフランシスコ平和条約の前文にも同様の規定があります.条約締結国は、日本が国際社会の理解なく国際公約を守らなかった場合には、国際司法裁判所に提訴することができ、日本もそれに同意しています(日本との平和条約 第22条).

日本の戦争への反省が真実のものだと国際社会から認められていないのは、日本の政策が国際社会と平和への貢献よりも、アメリカの戦争政策への協力を重視していることによります.

1974年に福沢諭吉が一万円札の肖像として採用され、それが新デザインでもつづいていますが、戦後与党・政府は、米国の要求ししたがって警察予備隊(1950年)・保安隊(1952年)・自衛隊(1954年)、防衛庁(1954年)・防衛省(2007年)、テロ特措法、イラク特措法と憲法の軽視・無視をつづけています.

政府・与党の憲法軽視・無視の継続は、「憲法改正」をめざしながら、年金・税金の無駄遣い・私物化と平行して国民生活に大きな矛盾としてのしかかり、2007年末現在「ねじれ国会」として政治の変革が始まろうとしています.

この流れの中で、日本の宗教政党は与党に身を寄せ、「利権」と「戦争」、すなわち「お金が一番」の政策への協力をすすめています.

これらの流れは、いかにお金の神様が10000円札で肖像としてがんばろうとも、歴史のゴミ箱に流れ込む流れであることが、ますますあきらかになりつつあります.

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