2007年11月15日木曜日

稲荷(いなり)様の社(やしろ)を開けて見る!

諭吉が、神様の名のある御札(おふだ)をトイレで踏んだとき(十二、三歳のころ)から「一つも二つも年をとれば、年寄りなどの『神罰(しんばつ.神があたえるばつ)』などということは、大ウソだと信じ切って、今度は一つ稲荷様(いなりさま)を見てやろうという野心を起こし」おじの家の稲荷の社(やしろ)を開けてみます.

そして石を発見したので、その石を捨て、別の石を入れておきます.

「また、隣の下村という屋敷の稲荷様を開けてみれば、神体は何か木の札(ふだ)で、これもとって捨ててしまい、平気な顔していると、まもなく初午(はつうま)になって、のぼりを立てたり、太鼓(たいこ)をたたいたり、お神酒(おみき)を上げてワイワイしているから、私はおかしい.『馬鹿め、オレの入れておいた石にお神酒を上げて拝んでいるとは面白い』」(「福翁自伝」)

諭吉が、十三、四のころのことです.

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