2008年1月11日金曜日

円の国際通貨としての価値

「日本がアジアの金融センターとしての地位を確保する可能性は残っている」 

日本経済新聞の記事です.
理由は、「円の国際通貨としての優位性」や「家計の金融資産」が「1500兆円ある」こと.(別項参照)

しかし、日本には、税収の20倍を超える国・地方などの借金があり、この総額は「家計の金融資産」を超えています.したがって、この「家計の金融資産」が国の借金にあてられる時点がくるのは「可能性」ではなく、「現実」であるのが現状です.

すでに、年金の破綻・増税・社会福祉の切捨て・軍事予算などでの随意契約・官製談合などによる無駄使いや税金の私物・裏金化、企業/団体の政治献金による政党・政治家の腐敗、犯罪の増加、異常事件の多発など、表面のドル・円の為替比率では見えない「円の基盤の崩壊」が始まっています.

これでは、「アジアの金融センター」どころか、「円は、ドルとならんだ世界金融危機の発信源」としての可能性しかありません.円資産は、将来の生活の保障にはならないのです.

現に、日銀の総裁も、自分の金の一部をファンドに移し(2006年10月12日、参議院予算委員会で福井日銀総裁が証言)、その村上ファンドはお金とともにシンガポールに拠点を移しているのです.

このように、日銀総裁の財産の一部と国の財政情報が外国に拠点を移したファンドに流れ、ファンドの責任者は形式的に裁判にかけられても(せいぜい罰金を払うだけで、将来は、暑くはあっても、えびのおいしいシンガポールで、のんびりと暮らすことはできるし、そこからスウェーデンに行けば涼しくもあるし)、日銀総裁は今もそのイスにすわっている.

これが「偽(いつわり)」(公募で選ばれた「2007年の漢字」)といわれる日本の構造の正体の一つです.

財政は、国の重要な基礎の一つです.その財政が、税収(50兆円)の10分の1となる軍事費(5兆円)、税収の十数倍を超える国や地方などの借金(注1)、国の予算の数倍の特別会計(460兆円 注2)、これらの構造が「いつわりの姿」で国民に提示されています.

この背景にあるのが、「憲法軽視・無視の継続」です.

「安保でメシを食べている人たちや政党」は、「いつわりの財政構造」の上に、利権と権力でメシを食べています.彼らは、その立場を守るために、「国際協力・テロ対策・国益」などの口実で、敵を外に求め、(場合によっては、内閣官房長官や防衛大臣のように、UFOまでを持ち出して)、国民をだましてメシを食べることに努力しています.

その努力が、「憲法九条改正」という形で現れてきています.
それは、米国からの要求ということでもあり、まさに国際協力を実行しているわけです.

また、野党第1党もその地位にとってかわろうと、必死です.
最近では、米国の代わりに国連決議をダシに使って、憲法の禁じる「戦力」の海外派遣をしようとしています.

その「さそい」に与党がのって、憲法を恒久的に否定する「法律」や体制を作ろうと言い出すしまつです.

「外に敵をつくって、国民をだます」「国民をだまして、お金をもうける」これが、国と国民の師匠を自認した福沢諭吉の「教え」の一つです.

政府・与党と野党の一部は、その教えを忠実に守っていますが、国民までそれを守って「だまされている」必要があるのでしょうか? (年金と財政の破綻・円の価値下落で、ひどい目にあってはならないと思います)

(彼らには、私たちをだます権利はない
私たちは、彼らにだまされる義務はない

彼らは、私たちをだまし、場合によっては自分たちをだまし
「国際協力・貢献、国益」のだまし言葉で、だましつづける

「国民の生命と財産を守る」といいながら
国民の生命と財産を奪って、「日米安保でメシを食べ続ける」

彼らには、歴史のゴミ箱に入る権利と義務がある
私たちには、彼らを歴史のゴミ箱に入れる権利と義務がある)

注1:
国債と借り入れは880兆円(財務省 「国債及び借入金現在高」2007年3月末現在 http://www.mof.go.jp/gbb/1903.htm)
地方債 200兆円以上
「国の財政状況は夕張市よりも悪い」(2006年12月27日 財務省内部合同会議議事要旨 http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/gijiyosi/zaiseia/zaiseia181227.htm)

(夕張市は、約45億円財政規模に対して、負債(借金)は632億円、借金率は約14倍.国と地方全体では、大きな隠し借金を除いても、借金率は(880+200)÷50=21.6と20倍以上となっている.これは、終戦時の国の借金率(14倍)より大きい)

注2:
財務省主計局 2006年5月 特別会計Q&A http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/tokkai_qa1804/tokkai1804_2.pdf

(参考)
「ドルで見た目以上に円安だ」 伊藤隆敏東大教授

伊藤隆敏東京大学教授は現在の円相場の水準について「すごく安い」と指摘する。日米間で見ればインフレ格差の分だけ円は安くなっており、仮に1ドル=100円になってもかつての120円前後と同等の価値だとし、名目の対ドル相場だけを見ていては見誤るという。また、円の国際通貨としての優位性や1500兆円ある家計の金融資産など国内の市場といった潜在力を活用することで、日本がアジアの金融センターとしての地位を確保する可能性は残っていると述べた。朝刊連載「YEN漂流」のインタビューをより詳しく紹介する。
NIKKEI NET YEN漂流 インタビューから
コメント:0件/更新日:2008-01-11

2007年12月24日月曜日

諭吉が大切にした資本主義のお「金」は、どうなるのか?

中米カリブ海諸国に産油国ベネズエラが優遇条件で石油を供給する「ベトロカリベ」の首脳会議が、キューバで開かれました.

ベネズエラのチャベス大統領は、「帝国主義や大資本の利益のためではなく、諸国民のための新しい石油地政学が強まりはじめている」と強調しました(2007年12月24日 しんぶん「赤旗」)

石油代金の支払いは、ベネズエラがキューバなどでおこなっているように、生産物や人的サービスでも可能とし、加盟国間のバーター取引も呼びかけられました.たとえば、市場価格の6割で供給し、決済をバーター取引で処理、残り40%を低利・長期のクレジットで提供します.(同上)

ペトロカリベで採択された「宣言」は、ペトロカリベについて「エネルギー安全保障の重要な道具」「資源の乏しい国々に対する特別措置と連帯の原則にもとづく発展途上国間の協力モデル」と規定しています.(同上)

また、医療、教育分野などにおける社会政策の前進も確認され、ペトロカリベの主な目的が貧困克服にあることが確認されました.節約できた資金を引き続き社会投資にあてる必要性も指摘されています.

ペトロカリベはチャベス大統領の提唱によって2005年6月に設立され、ベネズエラやキューバなどがめざす地域統合「米州ボリバル代替構想」の発展と並行して歩んでいると位置づけられています.今回の首脳会議で中米ホンジュラスの加盟が承認され、加盟国は17カ国.ほとんどはカリブ海諸国です.(同上)

諭吉の新聞「時事新報」は、「戦争をすれば、お金もうけができる」という立場から、宗教を利用し(「バカとカタワと宗教、丁度よき取り合わせ」)、日清戦争・日露戦争を積極的に推進させ、対中侵略戦争を準備しました.

諭吉は、この活動を含め自分は「国民と政府の影の先生」(「暗に政府のお師匠さま」(福沢諭吉全集・第20巻)と自分の新聞で書いていました(1897年8月22日付け「時事新報」).

その生徒であった日本国民と日本(旧)政府は、ナチスと組んで侵略戦争に突き進んだのです.この国では、21世紀になっても「あの戦争が正しかった」とヤスクニ神社を表に出して、憲法を否定する総理大臣や国会議員が存在するありさまです.

この諭吉の新聞と、治安維持法のさなか1928年に創刊されて以来一貫して侵略戦争に反対し、国民主権を主張してきた日本共産党の「しんぶん赤旗」との間には、大きな違いがあります.その違いは、「お金が一番」と考えるのか、「戦争を頂点とする大きな不正義・差別・搾取」を命にかえても許さないのかの違いです.

この「しんぶん赤旗」の伝える21世紀初頭のラテンアメリカの状況は、かって「アメリカの裏庭」といわれていた地域ですが、この地域で資本主義の血液である「お金」に対応する、新しい国際経済の決済手段が現実になりつつあることを示しています.

年金・財政が破綻しつつある「アメリカのポチ」のお金「円」は、はたして今後どうなるのでしょうか?

2007年12月20日木曜日

諭吉とUFO

UFOとは、何かわからない飛行物を「地球外生命の宇宙船」と考える考え方による、「未確認飛行体」です.

この考え方は、物事の原因がわからないとき、たとえば宇宙をだれが作ったのかわからないとき、「造物主」なり「創造主」なりの「地球には存在しないもの」を仮定することにより、説明しようとする考えと同じです.この考え方は、宗教の起源であると考えられています.

福沢諭吉は、ヤスクニ神社ができたころ(東京招魂社が1879年に、「靖国神社」と改称)、「バカとカタワに宗教、ちょうど良き取り合わせ」といいました.(福沢諭吉全集 第20巻 「宗教の説」)

つまり、だれも死にたくないが、「死んでから立派な神社にまつられるのなら、それもよいだろう」と考える人がいるから、「お国のため、天皇のためなら死んでもよい」はずだと、教育し、宣伝するためには、宗教が必要である(ヤスクニ神社は、ちょうど良い)と考えたのです.

日清戦争(1894~1895)、日露戦争(1904~1905)の10年以上前に、ヤスクニ神社の本質を理解していた諭吉は、さすがに偉大であるというべきです.

このように、諭吉は「外に敵をつくること」が「税金を戦力として使い、軍事産業で大もうけをする」ことができるし、「宗教は、国民をだまして、戦争に引き込み、その間支配勢力が『お金をもうける』のが『政治』である」とも考えていたのです.福翁自伝によれば、諭吉は、15,6歳のころ、『日本一の金持ちになりたい』といっていたのです.

2007年12月、日本の防衛大臣は、「UFO対処を頭に入れるべき」と発言しました.地球上に平和の方向が強まると、「外に敵をつくるためには、宇宙人にたよることが必要である」というわけです.

この防衛大臣は、諭吉を教えを忘れていなかったというべきです.

(なお、この件に関しては、『い加減にした方がいい。政治には(ほかに)対応しなければいけないことがたくさんある』(自民党総務会長)との苦言も出ている」と読売新聞が伝えています)

2007年12月10日月曜日

会社全体に法令を遵守する精神に欠けていなかった諭吉の会社

諭吉の会社「時事新報」社は、社説や記事を通じて、台湾・朝鮮の植民地化を後押しし、これを推し進めました.

ここには、諭吉の歴史に対する理解「文明が野蛮を制し、他国・他民族の領土・資源・財産・生命・労働力・女性を自由にすること、これが国際ルールの上にたつ大砲の『法令』である.その中で『金儲けをすることこそ、天の定めたルールである』」(別項)との「独自の法令」もち、これを遵守していました.

京都嵐山を本店とする京料理・懐石料理・日本料理の料亭「京都吉兆」は、産地偽装・賞味期限の改ざんなどをおこなうことにより、商売をつづけ、伝統の屋号を守ろうとしました.

ここには、「金儲けとビジネスの生き残り」が法令に優先するという精神がありました.
「時事新報」の場合にも、同様です.(「時事新報」では、ビジネスの生き残りより、むしろ「金儲け」の動機の方が強かったと考えられます)

この「法令を遵守する精神に欠けている」生き方は、なぜ容認されてきたのでしょうか?

それは、戦後半世紀以上、政府与党・野党の一部が「憲法の軽視・無視」をつづけてきたこと、現在でもつづけていることが背景にあります.国全体が憲法を遵守しない中で、一企業・個人が法令を遵守することは、普通とはいえません.

その結果が、「産地偽装・賞味期限の改ざん」であり、「年金・財政の破綻」の現状です.

諭吉以来つづく、侵略戦争の肯定・「金をもうけのためには、人の命も、人間の尊厳も、ましてや自然の環境も、邪魔なものは『だましと大砲』で、とりのぞく」資本主義の論理こそが、産地偽装・賞味期限の改ざんなどの背景にあるのです.

2007年11月30日金曜日

朝青龍 と 福沢諭吉(2)

2007年12月.「日本の国技・相撲」の横綱二人は、外国人です.

これは、「明治維新」と「戦後」の2つの時代を経て「島国」から「国際化」への道を進んだ日本が、さらに「島国性の脱却」から「独立国としての国際化」への段階に入りつつあるという意味で、よいことです.

明治維新、日本は「開国」により「国際化」の一段階を進みました.
その国際化は、「国権の皇張」「国権の振起」「国権の維持」(いずれも福沢諭吉「時事小言」全集第5巻)として侵略戦争につながり、戦後は「憲法の軽視・無視」から「侵略戦争の無反省」および「米国のポチ」へ、さらには「憲法改正のうごき」と「財政・年金の破綻」の現在につづき、第2の段階の終わりに近づいています.

明治維新、諭吉は「『内安外競』、わがはい(自分のこと)の主義、ただこの4文字にあるのみ」といいました.(1871年「時事小言」全集第5巻)

「内安」とは、「天皇」(注1)と「宗教(ヤスクニ神社)」(注2)を利用して、ダマシで国内を「安定させること」です.「外競」とは、「戦力を蓄え、『大砲にモノを言わすこと』」(注3)です.

(注1)天皇について、諭吉は「愚民を篭絡(ろうらく.だますこと)するの一欺術(ダマシの手段)」(1889年「帝室論」全集第5巻)といっている.

(注2)「東京招魂社」が「ヤスクニ神社」と改称したころ(1879年)、諭吉は「バカとカタワと宗教、ちょうどよき取り合わせ」(1881年「宗教の説」全集第20巻)といっている.

(注3)「万国公法(国際ルール)は、数門の大砲にしかず」(「時事小言」)

諭吉の願望は実現し、国民はだまされて日清・日露戦争へと突入させられました.
夏目漱石は、日露戦争を冷ややかな目でみていますが、司馬遼太郎は、日露戦争で大もうけをしました.

諭吉は、日清・日露戦争で自分の新聞「時事新報」の発行部数をのばし、「お金」をもうけました.「マッチで放火し、火事でもうける」方式を大々的に実行したのです.

「日本一の金持ちとなること」が諭吉の「15,6歳のころ」の「希望」でした(「福翁自伝」)が、これを実現したのです.これらの戦争は、やがて対中侵略戦争から太平洋戦争へと進みます.

戦後、アジアで2000万人、全世界で数千万人の犠牲を出した戦争の反省として「戦争をしない」「戦力をもたない」憲法がつくられました.しかし、米国の要求により、憲法の軽視・無視が継続され、2007年の現状として、年金/財政の破綻・社会福祉の切り下げ・増税へとつながっています.

この現状を覆い隠すために、諭吉は「偉人」として「10000円札の肖像」になり、「お金の神様」「国民と政府の『師匠』」として、あがめられています.

諭吉は、「お金をもうけること」が希望でしたから、国民をだましてでも、戦争を利用してででも、十分満足していることでしょう.しかし、「国技・相撲」の「横綱二人が外国人である」ことにも例があるように、「開国し、虚勢をはった島国」「アメリカのポチとしての島国」から「国際社会の中での『調和した島国』」への日本の変身は始まりかけています.

諭吉とカナダの「慰安婦」決議

「日本政府は真摯な謝罪を」カナダの下院が全会一致で決議しました.(2007年11月28日)

アジア太平洋戦争時に、旧日本軍が侵略先の女性たちを性奴隷にした日本軍「慰安婦」問題で、日本政府に真摯(しんし)な謝罪を求める、米(7月)、オランダ(今月)に続く決議です。旧政府の犯罪を現政府が否定して、忘れたふりをする.それは通用しないことを国際社会が示したのです.

戦後50年以上たった現在でも、日本では過去の侵略戦争の責任を隠す動きがつづいています.
「沖縄住民に対する集団自決の強制」や「従軍慰安婦」の記述を歴史から消したいという希望は、反省のあらわれでしょうか? 「はずかしい」という認識がある証拠なのでしょうか?

「自分は、国民と日本政府の影の師匠だ」と自認した諭吉(注)は、この現象をどう理解するでしょうか? 

(注)「福沢諭吉全集発刊によせて」で、小泉信三は「諭吉は、日本人が諭吉の著書を読んで『新知識を得た』し、また、自分が『暗に政府のお師匠(ししょう)さまたりしことは古老(ころう.老人である自分)の今に忘れざるところなり』と放言したことがある」とのべています.

この師匠は、「遠慮(えんりょ)なくアジアを押領(おうりょう)して、わが手をもって新築するも可なり」とのべています.(「時事小言」福沢諭吉全集第5巻)

沖縄住民に対する「集団自決」の強制、「慰安婦」という「人身売買と性的奴隷化」を生み出した日本に責任のある過去の戦争は、「遠慮なくアジアを押領する」教えにもとづいていました.「天皇」や「宗教(ヤスクニ神社)」を利用し、国民をだます「教え」だったのです.(注)

(注)諭吉は、次のようにのべています.

「国のためには、財を失うのみならず、一命(いちめい.いのち)をもなげうちて惜しむにたら」ない(1872年「学問のすすめ」第3編 全集第3巻)

「馬鹿(バカ)と片輪(カタワ)に宗教、丁度よき取り合わせ」(1881年「宗教の説」全集第20巻)

天皇は、「愚民を篭絡(ろうらく)するの一欺術」(1889年「帝室論」全集第5巻)



この「師匠」の「教え」は、「反省」を求めてはいません.
「反省の欠如」─ これは、「師匠の教え」を「十分に理解していない」ためでしょうか?
それとも、「教え」自体が「お金が一番」の考えにもとづいているからなのでしょうか?

ちなみに、諭吉は、「15,6歳のころ」「日本一の金持ちになりたい」(「福翁自伝」)といっていました.諭吉は、自分が発行した新聞「時事新報」で、戦争を「すすめ」、戦争報道で発行部数をのばし、それで「お金」をもうけたのです.

その結果、「お金の神様」として10000円札の肖像とされ、「戦争犯罪無反省」の宣伝として利用され、その結果が与党・野党第一党の「憲法の軽視・無視」となり、「年金・財政の破綻」「憲法9条改正」から「米国の戦争政策への協力」「戦争をする国」、それによって、利権者と与党・野党の一部が「お金をもうける」もととなっているのです.

2007年11月29日木曜日

「民主主義を望む者には、狂者が多く、愚者も多い」(諭吉)

自由民権運動(注)のさなか、諭吉はこういったのです.

「世の国会開設を願望するものを見るに、非常なる狂者も多く、愚者も多い」(1881年「時事小言」福沢諭吉全集第五巻)

(注) 自由民権運動:1874年以降、藩閥政府による政治に対して、議会の開設、地租の軽減、不平等条約の改正、言論と集会の自由の保障などの要求を掲げた.1890年の帝国議会開設頃まで続く.(Wikipedia)

こうもいっています.

日本は、「もっぱら、武備を盛んにして国権を皇張(こうちょう)するの一点にあり」
「遠慮なくアジアを押領(おうりょう)して我が手をもって新築するも可なり」(いずれも「時事小言」)

「民主主義は No.武力侵略は OK」ということです.

21世紀の現在、10000万円札の肖像として、毎日拝まれている諭吉は、「狂者や愚者も多い」と考えながら私たちをみているのでしょうか?