2008年1月23日水曜日

雪がふり、水面に静かに波紋を描く
株は乱高下する(1月22日、年初来17%の下落?)


雪は、葉の落ちたもみじの樹の枝にひっかかり、そこで溶ける
溶けた雪は、水滴となり、枝の先々まで鈴なりとなる


1月23日は、400円高で始まった
すぐに100円上がり、30分後に130円下げる


金魚は、どうしているか?
金魚は、ゆっくりと泳いでいる

(2008年1月23日)

2008年1月17日木曜日

税収の2倍半の借金をする日本の財政

「来年度予算の歳入の柱である国債の発行計画がまとまった。総額126・3兆円にも上る。新規発行は25・3兆円だ。過去に発行し満期が来る分の借換債も92・5兆円ある。財政投融資の原資の財投債が8・4兆円加わる」(2008年1月16日付・読売社説)

税収は、約50兆円です.総額約126兆円の国債の発行額は、税収の約2倍半です.
収入の2倍半の借金をしなければ、やって行けない!?
借金の70%以上が、借金の返済のための借金!?

これが日本の財政です.

しかも、「年金を払うのは先だから、使ってしまえ(注1)」これが厚生年金制度ができたとき(1944年)の考え方です.はじまりは、ナチスドイツをまねた(注2-1, 2-2, 2-3)戦費調達のためでした.戦前の政治が現在の政治に残されているのです.

また、税収の約10%(5兆円)となる「防衛関係」の調達は、大部分が随意契約(金額的に約85% 注3)で数十パーセント以上に水増しされ、米日の軍事産業と関係政治家をもうけさせています.

それは、なぜ許されるのか? それは、「国民の生命と財産を守る」「国際貢献・国際協力」「テロの撲滅」のために、必要だからです.「日米安保条約でメシを食べている人たちや、与党・野党の一部」のために必要だからではないのです.

これらの状況は、どのように生まれたのか? 
それは、現在もなお戦前の政治が引き継がれていること、戦後、米国の要求に与党・野党の一部が協力して、「憲法の軽視・無視」が継続して続けられてきたことによります.

「憲法の軽視・無視」が「日米安保でメシを食べている人たちや与党・野党の一部」をのさばらせ、国民の命と暮らしを犠牲に、彼らを存在させている.このような状況を、国民は永久にガマンしていられるでしょうか? 

ガマンするとすれば、年金・財政の破綻で、国民は戦争と同じような悲惨な目にあうことになります.

そうでなくても、日本の国民はアメリカの戦争に協力して、結果としてその共犯者となっています.さらに重大な犯罪を重ねてはなりません.

「日米安保でメシを食べている人たちや政党」には、早く行くべきところ、歴史のゴミ箱の中に入ってもらうことが必要です.

(注1-1)

【第5号】年金を払うのは先のことだから・・・厚生年金誕生秘話「厚生年金保険制度回顧録」
号数…第5号
発効日…【2007/3/4】
購読者数…69名
件名…年金を払うのは先のことだから・・・厚生年金誕生秘話

┏━━ ● 年金、みんな怒っています! ● 第5号

   ◎年金を払うのは先のことだから・・・厚生年金誕生秘話(「厚生年金保険制度回顧録」)   
 
 年金を払うのは先のことだから、今のうち、
 どんどん使ってしまっても構わない・・・
 
 ・・・早いうちに使ってしまった方が得をする・・・
 
 ・・・将来みんなに支払う時に金が払えなくなったら、
 賦課金にしてしまえばいい・・・
 
 これは、厚生年金保険法作成に携わった
 戦前厚生年金保険課長だった花澤武夫氏が、
 昭和61年に厚生省の外郭団体が主催した座談会で話した内容です。
 
 その内容は、「厚生年金保険制度回顧録」にまとめられています。
 
 第159回国会 予算委員会でも取り上げられた内容です。
 
 
 一部抜粋
 
-----------------------< ここから引用開始 >-----------------------
 
 
 それで、いよいよこの法律ができるということになった時、
 これは労働者年金保険法ですね。
 すぐに考えたのは、この膨大な資金の運用ですね。
 これをどうするか。これをいちばん考えましたね。
 この資金があれば一流の銀行だってかなわない。
 今でもそうでしょう。
 何十兆円もあるから、一流の銀行だってかなわない。
 これを厚生年金保険基金とか財団とかいうものを作って、
 その理事長というのは、日銀の総裁ぐらいの力がある。
 そうすると、厚生省の連中がOBになった時の勤め口に困らない。
 何千人だって大丈夫だと。金融業界を牛耳るくらいの力があるから、
 これは必ず厚生大臣が握るようにしなくてはいけない。
 この資金を握ること、それから、その次に、
 年金を支給するには二十年もかかるのだから、
 その間、何もしないで待っているという馬鹿馬鹿しいことを言っていたら
 間に合わない。
 そのためにはすぐに団体を作って、政府のやる福祉施設を肩替りする。
 社会局の庶務課の端っこのほうでやらしておいたのでは話にならない。
 大営団みたいなものを作って、政府の保険については全部委託を受ける。
 そして年金保険の掛金を直接持ってきて運営すれば、
 年金を払うのは先のことだから、今のうち、
 どんどん使ってしまっても構わない。
 使ってしまったら先行困るのではないかという声もあったけれども、
 そんなことは問題ではない。
 二十年先まで大事に持っていても貨幣価値が下がってしまう。
 だからどんどん運用して活用したほうがいい。
 何しろ集まる金が雪ダルマみたいにどんどん大きくなって、
 将来みんなに支払う時に金が払えなくなったら賦課式にしてしまえば
 いいのだから、それまでの間にせっせと使ってしまえ。

 
-----------------------< ここまで引用終了 >----------------------- 
http://www.office-onoduka.com/mag2/005_20070304.htmlから引用(2008年1月18日)

(注2-1)
けさ(9日)の朝日新聞で、ジャーナリストの斎藤貴男氏が「問題は年金制度そのもの」と書いている。
最近の年金問題の不祥事に関連して、社保庁職員が賞与の一部返上を求められていることに、国民のあいだからも「とうぜんだ」という声が挙がっている。
しかし、斎藤氏はちょっと待ってくれ、これは江戸時代の「踏み絵」みたいではないかと反論する。
塩崎官房長官は、返納しない職員は2010年に改組される予定の「日本年金機構」に再雇用しない、とにおわせるような発言を平気でしているから、「踏み絵」というのも、あながち的はずれではない。
近ごろは政治家の責任論は立ち消えになって、社保庁悪者論、とくに労組悪者論が横行している。
今回の問題で、社会保険庁に大きな責任があることは言うまでもない。
保険料を払ったのに、その記録がなくなり、支払い分に該当する年金が受け取れないのは由々しき事態である。
対象者は失われた記録の修復を要求し、とうぜんの権利を取り戻すべきだ。
かといって、何もかも社会保険庁が悪いといって、溜飲を下げるだけで事は片づくのだろうか。
実は、人類はこれまで高齢化社会を経験したことがない。
日本でも戦前の平均寿命はおそらく50歳程度で、それが75歳、80歳になったのはつい最近のことだ。
定年前後の人は、これからの老後をどう生きるかに大きな不安を抱いている。
社会保険庁の記録ミスは、そうした不安に火を付ける結果になった。
しかし、記録が完全に修復されたからといって、老後の不安がなくなるわけではない。
斎藤氏は、年金を導入したのは実はナチス・ドイツだと指摘して、厚生省の初代年金保険課長だった花沢武夫氏の内輪の談話を紹介している。
〈[ナチス・ドイツは]年金保険の金を利用してベルリンから八方に向けて戦時目的の自動車の高速道路、アウトバーンを作ったのですね。……軍の要請と言われれば、戦争中ですから、うんもすんもない。……世間では何のことかよく分からないうちに必要な法律なのだということで、鵜呑みにさせられてしまったのでしょう〉
http://blog.so-net.ne.jp/kimugoq/2007-07-09 より引用(2008年1月18日)

(注2-2)
核心をつく=問題は制度そのもの

 新聞を拾い読みしていると、面白い記事に出会ったので紹介したい。読み終わって、全く同感!という感想をもった。
 7月9日づけの朝日新聞「私の視点」(斉藤貴男さん)の記事だ。

 社会保険庁の全職員が賞与の一部自主返納を求められている。年金記録問題で安倍首相と塩崎官房長官、柳沢厚労相の3人が示した”率先垂範”に、村瀬清司長官が部下を倣(なら)わせる形だが、背後には首相の強い意向がある。
 社保庁の年金部門は、2010年に「日本年金機構」へと改組される。返納しない職員は再雇用されない可能性を、そこで塩崎長官が匂わせた。自主返上は、事実上の強制となった。
 いわゆる国民感情はそれなりに満足させられたらしい。参院選を控えてのパフォーマンスだとか”総ざんげ”は責任の所在を曖昧にしかねないとの批判はあるものの、論壇での議論にとどまっている。
 筆者(斎藤氏)に言わせれば、いずれも反応が甘すぎる。安倍首相は権力を弄びすぎてはいないか。人間一人ひとりの生活が、雲の上の腹一つで左右され、忠誠度を測る踏み絵にされてしまってはたまらない。
 常に”人民の敵”を設定するやり方も卑劣だ。責任の所在をぼかすどころか、労組や末端の職員たちに転嫁し、大衆の憎悪を浴びせては民営化への起爆剤にしていく。構造改革路線の常套手段である。

 論理のすり替えも甚だしく、民間なら返納ですまなぬ式の論法も聞き飽きた。貸しはがしで人々を自殺に追いやった銀行や、詐欺に近い保険金不払いを重ねた生損保の従業員も責任を取らなかった。民間企業への過剰な信仰は、官尊民卑の裏返しで見苦しい。
 目下の事態の本質は年金制度そのものにある。本気で責任を追及すれば、過去60有余年に政権にかかわった全員が万死に値しよう。
 そもそもが加入者の老後を心配して生まれた制度ではなかった。厚生年金保険の前身である船員保険と労働者年金保険は、1940(昭和15)年から42年にかけて、戦争を契機に開始されている。後者は産業戦士と呼ばれた炭鉱労働者を特に優遇した。厚生省の初代年金保険課長だった花澤武夫氏の内輪の座談会での証言が興味深い。
 「(制度の手本にしたナチス・ドイツは)年金保険の金を利用してベルリンから八方に向けて戦時目的の高速道路、アウトバーンを作ったのですね。(中略)ヒットラー・ユーゲントなどに金をやってスポーツを奨励する。これは将来の戦力になるわけです」
 「労働者の方は(年金保険料)出すに決まっているのです。あの時代は組合組織も何もありませんから。それに反対するような勢力もなくて、軍の要請といわれれば、戦争中ですから、うんもすんもない。(中略)戦争に勝つために必要な法律なのだということで、鵜呑みにさせられしまったのでしょう」(財団法人厚生団編「厚生年金保険制度回顧録」、1988年)

 要は初めから加入者への年金給付など二の次三の次でしかなかったということだ。運用と称して保険料で豪華な保養施設を次々と造り、天下り先を乱立させたのを見ても、国民を「金づる」と見なした発想は戦後も改められることはなかった。だからこそ、勤務先が保険料を半額負担してくれる厚生年金と本人の全額負担が強いられる国民年金、などという不公正が罷り通り続けてもいる。
 イカサマの正体が、ついに明らかになった。それでも国民の不安につけ込んで政争の具としたり、基礎年金番号を住基ネットと連動させて社会保障番号&国民カードへと展開しようとしたリ、失態を逆に利用する構図は醜悪すぎる。社会保障番号の完成はそのまま国民総背番号制を意味しよう。先輩格の米国はベトナム戦争時代、徴兵忌避者を追跡して戦場に送り出すのに活用した。
 もはや一から出直す以外の道はあり得ない。社会保険方式にこだわるから、正当な給付が期待できないと見る人は保険料を支払わない。世代間の相互扶助が第一義だと言うならば、税方式への転換を含めた抜本的な制度改革を真摯に検討すべきではないか。政府には今度こそ、人間の生というものを軽んじない、誠実な態度をと願うものである。

拍手~~~~。

http://toyoiunion.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_8296.html
より引用(2008年1月18日)

(注2-3)
2007.07.10
本当に脱却すべきすべきは…。

「超」整理法で知られる野口悠紀雄先生は、私が通った大学の先生だった(授業をとった覚えはないが…。学部が違ったので)。で、経済学者として書いた本に「1940年体制ーさらば戦時経済」というのがある。

これによると、1938年に作られた国家総動員法など、一連の戦時体制が戦後も引き継がれてきたという。それは例えば、株などの直接金融よりも、銀行からの融資による間接金融を重視。そしてその銀行を護送船団方式で、国ががっちり管理するなど。経済全体を官僚がコントロールする、社会主義的な政策だったともいわれる。しかし金融再編などとともに、さすがにこの体制も崩れつつある。

7月9日の朝日新聞朝刊の「私の視点」で、ジャーナリストの斎藤貴男氏が年金の問題に関して論じている。「厚生年金保険の前身である船員保険と労働者年金保険は、1940(昭和15)年から42年にかけて、戦争を契機に開始されている」。そして厚生省の初代年金保険課長の証言として、手本としたナチス・ドイツが年金保険の金でアウトバーンを作った事を挙げ、「『世間では何のことかよくわからないうちに、要するに、戦争に勝つために必要な法律なのだということで、鵜呑みにさせられてしまったのでしょう』」「要は初めから加入者への年金給付など二の次三の次でしかなかったということだ」と主張している。

ここに来て様々な形で噴出する年金問題。年金も金融制度同様戦時体制の産物であり、そのからくりにもいよいよ賞味期限が来たということなのだ。日本が本来脱するべきなのは「戦後レジーム」なのではなく、まず「1940年体制」とも呼ばれる戦時体制なのではないだろうか。その辺を見誤らないようにすべきだと思う。
http://pine-link.blogzine.jp/company/cat2715401/index.html より引用(2008年1月18日)

(注3)
防衛省情報検索サービス:http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/1999/honmon/frame/at1106010103.htm 2008/1/17

2008年1月14日月曜日

憲法の軽視・無視が、ムダづかいを国のシステムに組み込んだ

民主党の小沢代表は、「国民の生活が第一の政治を実現するため、全身全霊をかけて戦うことを誓う」と述べています(山本議員の告別式で).

税収(約50兆円)の10分の1に達する軍事費(約5兆円)を含む、年金や税金・特別会計の膨大なムダづかいが、国民生活を押し下げつづけています.

これらのムダづかいの仕組みは、政府・与党の「憲法軽視・無視の継続」の結果、国のシステムの中に組み込まれてしまっています.

そして、これらの無駄づかいの一部が「日米安保条約でメシを食べている人たちや政党」の「メシ」となっています.

また、「日米安保条約でメシを食べている人たちや、与党と野党の一部」によって、一方では、これらの「ムダづかい」は「国益・国際協力の名前」で、アメリカの「先制攻撃主義」のために使用され、他方では、彼らが政治献金を受けている大企業のもうけのために使用されています.

本来、国民の生活のためのお金が、このようにムダに使われるのは、「憲法が軽視・無視」されてきた結果です.

この「ムダづかいのシステム」が「日米安保条約でメシを食べている人たちや、与党・野党の一部」を養ってきました.そして、「ムダづかい」で養われた「日米安保条約でメシを食べている人たちや、与党と野党の一部」が政治の権力をにぎり、「ムダづかいのシステム」を維持しようとしています.

彼らは、アメリカの要求により憲法9条を変えようとしています.
それが、国民の反対にあって、難しいとわかると、今度は、憲法を否定する「恒久的な法律」を作ろうと策動しはじめました.

それを提案したのは、小沢代表です.
小沢代表は、民主党が参議院選挙で多数を得た直後に、国民には内緒で、首相であり自民党の党首である福田氏とひそかに会談したのです.しかも、そこで提案したのは、自民党と協力して憲法を恒久的に否定する法律を作ることだったのです.

この小沢氏が、死者の前で「国民の生活が第一の政治を実現するため、全身全霊をかけて戦うことを誓う」と述べたとしても、それを国民がまじめに受け取ることができるでしょうか?

2008年1月11日金曜日

円の国際通貨としての価値

「日本がアジアの金融センターとしての地位を確保する可能性は残っている」 

日本経済新聞の記事です.
理由は、「円の国際通貨としての優位性」や「家計の金融資産」が「1500兆円ある」こと.(別項参照)

しかし、日本には、税収の20倍を超える国・地方などの借金があり、この総額は「家計の金融資産」を超えています.したがって、この「家計の金融資産」が国の借金にあてられる時点がくるのは「可能性」ではなく、「現実」であるのが現状です.

すでに、年金の破綻・増税・社会福祉の切捨て・軍事予算などでの随意契約・官製談合などによる無駄使いや税金の私物・裏金化、企業/団体の政治献金による政党・政治家の腐敗、犯罪の増加、異常事件の多発など、表面のドル・円の為替比率では見えない「円の基盤の崩壊」が始まっています.

これでは、「アジアの金融センター」どころか、「円は、ドルとならんだ世界金融危機の発信源」としての可能性しかありません.円資産は、将来の生活の保障にはならないのです.

現に、日銀の総裁も、自分の金の一部をファンドに移し(2006年10月12日、参議院予算委員会で福井日銀総裁が証言)、その村上ファンドはお金とともにシンガポールに拠点を移しているのです.

このように、日銀総裁の財産の一部と国の財政情報が外国に拠点を移したファンドに流れ、ファンドの責任者は形式的に裁判にかけられても(せいぜい罰金を払うだけで、将来は、暑くはあっても、えびのおいしいシンガポールで、のんびりと暮らすことはできるし、そこからスウェーデンに行けば涼しくもあるし)、日銀総裁は今もそのイスにすわっている.

これが「偽(いつわり)」(公募で選ばれた「2007年の漢字」)といわれる日本の構造の正体の一つです.

財政は、国の重要な基礎の一つです.その財政が、税収(50兆円)の10分の1となる軍事費(5兆円)、税収の十数倍を超える国や地方などの借金(注1)、国の予算の数倍の特別会計(460兆円 注2)、これらの構造が「いつわりの姿」で国民に提示されています.

この背景にあるのが、「憲法軽視・無視の継続」です.

「安保でメシを食べている人たちや政党」は、「いつわりの財政構造」の上に、利権と権力でメシを食べています.彼らは、その立場を守るために、「国際協力・テロ対策・国益」などの口実で、敵を外に求め、(場合によっては、内閣官房長官や防衛大臣のように、UFOまでを持ち出して)、国民をだましてメシを食べることに努力しています.

その努力が、「憲法九条改正」という形で現れてきています.
それは、米国からの要求ということでもあり、まさに国際協力を実行しているわけです.

また、野党第1党もその地位にとってかわろうと、必死です.
最近では、米国の代わりに国連決議をダシに使って、憲法の禁じる「戦力」の海外派遣をしようとしています.

その「さそい」に与党がのって、憲法を恒久的に否定する「法律」や体制を作ろうと言い出すしまつです.

「外に敵をつくって、国民をだます」「国民をだまして、お金をもうける」これが、国と国民の師匠を自認した福沢諭吉の「教え」の一つです.

政府・与党と野党の一部は、その教えを忠実に守っていますが、国民までそれを守って「だまされている」必要があるのでしょうか? (年金と財政の破綻・円の価値下落で、ひどい目にあってはならないと思います)

(彼らには、私たちをだます権利はない
私たちは、彼らにだまされる義務はない

彼らは、私たちをだまし、場合によっては自分たちをだまし
「国際協力・貢献、国益」のだまし言葉で、だましつづける

「国民の生命と財産を守る」といいながら
国民の生命と財産を奪って、「日米安保でメシを食べ続ける」

彼らには、歴史のゴミ箱に入る権利と義務がある
私たちには、彼らを歴史のゴミ箱に入れる権利と義務がある)

注1:
国債と借り入れは880兆円(財務省 「国債及び借入金現在高」2007年3月末現在 http://www.mof.go.jp/gbb/1903.htm)
地方債 200兆円以上
「国の財政状況は夕張市よりも悪い」(2006年12月27日 財務省内部合同会議議事要旨 http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/gijiyosi/zaiseia/zaiseia181227.htm)

(夕張市は、約45億円財政規模に対して、負債(借金)は632億円、借金率は約14倍.国と地方全体では、大きな隠し借金を除いても、借金率は(880+200)÷50=21.6と20倍以上となっている.これは、終戦時の国の借金率(14倍)より大きい)

注2:
財務省主計局 2006年5月 特別会計Q&A http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/tokkai_qa1804/tokkai1804_2.pdf

(参考)
「ドルで見た目以上に円安だ」 伊藤隆敏東大教授

伊藤隆敏東京大学教授は現在の円相場の水準について「すごく安い」と指摘する。日米間で見ればインフレ格差の分だけ円は安くなっており、仮に1ドル=100円になってもかつての120円前後と同等の価値だとし、名目の対ドル相場だけを見ていては見誤るという。また、円の国際通貨としての優位性や1500兆円ある家計の金融資産など国内の市場といった潜在力を活用することで、日本がアジアの金融センターとしての地位を確保する可能性は残っていると述べた。朝刊連載「YEN漂流」のインタビューをより詳しく紹介する。
NIKKEI NET YEN漂流 インタビューから
コメント:0件/更新日:2008-01-11

2007年12月24日月曜日

諭吉が大切にした資本主義のお「金」は、どうなるのか?

中米カリブ海諸国に産油国ベネズエラが優遇条件で石油を供給する「ベトロカリベ」の首脳会議が、キューバで開かれました.

ベネズエラのチャベス大統領は、「帝国主義や大資本の利益のためではなく、諸国民のための新しい石油地政学が強まりはじめている」と強調しました(2007年12月24日 しんぶん「赤旗」)

石油代金の支払いは、ベネズエラがキューバなどでおこなっているように、生産物や人的サービスでも可能とし、加盟国間のバーター取引も呼びかけられました.たとえば、市場価格の6割で供給し、決済をバーター取引で処理、残り40%を低利・長期のクレジットで提供します.(同上)

ペトロカリベで採択された「宣言」は、ペトロカリベについて「エネルギー安全保障の重要な道具」「資源の乏しい国々に対する特別措置と連帯の原則にもとづく発展途上国間の協力モデル」と規定しています.(同上)

また、医療、教育分野などにおける社会政策の前進も確認され、ペトロカリベの主な目的が貧困克服にあることが確認されました.節約できた資金を引き続き社会投資にあてる必要性も指摘されています.

ペトロカリベはチャベス大統領の提唱によって2005年6月に設立され、ベネズエラやキューバなどがめざす地域統合「米州ボリバル代替構想」の発展と並行して歩んでいると位置づけられています.今回の首脳会議で中米ホンジュラスの加盟が承認され、加盟国は17カ国.ほとんどはカリブ海諸国です.(同上)

諭吉の新聞「時事新報」は、「戦争をすれば、お金もうけができる」という立場から、宗教を利用し(「バカとカタワと宗教、丁度よき取り合わせ」)、日清戦争・日露戦争を積極的に推進させ、対中侵略戦争を準備しました.

諭吉は、この活動を含め自分は「国民と政府の影の先生」(「暗に政府のお師匠さま」(福沢諭吉全集・第20巻)と自分の新聞で書いていました(1897年8月22日付け「時事新報」).

その生徒であった日本国民と日本(旧)政府は、ナチスと組んで侵略戦争に突き進んだのです.この国では、21世紀になっても「あの戦争が正しかった」とヤスクニ神社を表に出して、憲法を否定する総理大臣や国会議員が存在するありさまです.

この諭吉の新聞と、治安維持法のさなか1928年に創刊されて以来一貫して侵略戦争に反対し、国民主権を主張してきた日本共産党の「しんぶん赤旗」との間には、大きな違いがあります.その違いは、「お金が一番」と考えるのか、「戦争を頂点とする大きな不正義・差別・搾取」を命にかえても許さないのかの違いです.

この「しんぶん赤旗」の伝える21世紀初頭のラテンアメリカの状況は、かって「アメリカの裏庭」といわれていた地域ですが、この地域で資本主義の血液である「お金」に対応する、新しい国際経済の決済手段が現実になりつつあることを示しています.

年金・財政が破綻しつつある「アメリカのポチ」のお金「円」は、はたして今後どうなるのでしょうか?

2007年12月20日木曜日

諭吉とUFO

UFOとは、何かわからない飛行物を「地球外生命の宇宙船」と考える考え方による、「未確認飛行体」です.

この考え方は、物事の原因がわからないとき、たとえば宇宙をだれが作ったのかわからないとき、「造物主」なり「創造主」なりの「地球には存在しないもの」を仮定することにより、説明しようとする考えと同じです.この考え方は、宗教の起源であると考えられています.

福沢諭吉は、ヤスクニ神社ができたころ(東京招魂社が1879年に、「靖国神社」と改称)、「バカとカタワに宗教、ちょうど良き取り合わせ」といいました.(福沢諭吉全集 第20巻 「宗教の説」)

つまり、だれも死にたくないが、「死んでから立派な神社にまつられるのなら、それもよいだろう」と考える人がいるから、「お国のため、天皇のためなら死んでもよい」はずだと、教育し、宣伝するためには、宗教が必要である(ヤスクニ神社は、ちょうど良い)と考えたのです.

日清戦争(1894~1895)、日露戦争(1904~1905)の10年以上前に、ヤスクニ神社の本質を理解していた諭吉は、さすがに偉大であるというべきです.

このように、諭吉は「外に敵をつくること」が「税金を戦力として使い、軍事産業で大もうけをする」ことができるし、「宗教は、国民をだまして、戦争に引き込み、その間支配勢力が『お金をもうける』のが『政治』である」とも考えていたのです.福翁自伝によれば、諭吉は、15,6歳のころ、『日本一の金持ちになりたい』といっていたのです.

2007年12月、日本の防衛大臣は、「UFO対処を頭に入れるべき」と発言しました.地球上に平和の方向が強まると、「外に敵をつくるためには、宇宙人にたよることが必要である」というわけです.

この防衛大臣は、諭吉を教えを忘れていなかったというべきです.

(なお、この件に関しては、『い加減にした方がいい。政治には(ほかに)対応しなければいけないことがたくさんある』(自民党総務会長)との苦言も出ている」と読売新聞が伝えています)

2007年12月10日月曜日

会社全体に法令を遵守する精神に欠けていなかった諭吉の会社

諭吉の会社「時事新報」社は、社説や記事を通じて、台湾・朝鮮の植民地化を後押しし、これを推し進めました.

ここには、諭吉の歴史に対する理解「文明が野蛮を制し、他国・他民族の領土・資源・財産・生命・労働力・女性を自由にすること、これが国際ルールの上にたつ大砲の『法令』である.その中で『金儲けをすることこそ、天の定めたルールである』」(別項)との「独自の法令」もち、これを遵守していました.

京都嵐山を本店とする京料理・懐石料理・日本料理の料亭「京都吉兆」は、産地偽装・賞味期限の改ざんなどをおこなうことにより、商売をつづけ、伝統の屋号を守ろうとしました.

ここには、「金儲けとビジネスの生き残り」が法令に優先するという精神がありました.
「時事新報」の場合にも、同様です.(「時事新報」では、ビジネスの生き残りより、むしろ「金儲け」の動機の方が強かったと考えられます)

この「法令を遵守する精神に欠けている」生き方は、なぜ容認されてきたのでしょうか?

それは、戦後半世紀以上、政府与党・野党の一部が「憲法の軽視・無視」をつづけてきたこと、現在でもつづけていることが背景にあります.国全体が憲法を遵守しない中で、一企業・個人が法令を遵守することは、普通とはいえません.

その結果が、「産地偽装・賞味期限の改ざん」であり、「年金・財政の破綻」の現状です.

諭吉以来つづく、侵略戦争の肯定・「金をもうけのためには、人の命も、人間の尊厳も、ましてや自然の環境も、邪魔なものは『だましと大砲』で、とりのぞく」資本主義の論理こそが、産地偽装・賞味期限の改ざんなどの背景にあるのです.